吾輩は猫である

地球温暖化が進んでいます。宇宙船地球号は持続できるのでしょうか。日本の平和憲法も危機にさらされています。地球温暖化防止、守ろう憲法9条・生かそう憲法25条を訴えます。

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「核廃絶を願って⑦~8月9日は長崎原爆忌~俺は死ねない~」

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                「俺は死ねない」

              俺は十歳で原爆孤児になった。

              生きるためには何でもした。

              畑を荒らし

              ヘビやカエル、トンボまで

              ナマで食べた。

              被爆者だとわかると

              ろくな仕事につけなかった。

              首のハレモノはガンの転移だった。

              原爆は俺の体の中で

              ガンになって生きている。

              俺は死ねないんだ。

              原爆と心中するまではーーーーーー

                    
                       証言:福田良壱  写真提供:東友会


       ------------------------------

             「長崎原爆被爆者 谷口さんの証言」
                     (核廃絶を願って⑤~殺してくれ~の少年)

       私は1945年8月9日、当時16歳の時、長崎の爆心地から北方1.8キロの
       ところを自転車で走っていて被爆しました。三千度、四千度ともいわれる、石や
       鉄をも溶かす熱線と、目には見えない放射能によって背後から焼かれ、次の
       瞬間建物を吹き飛ばし、鉄骨をも曲げる、秒速250メートル、300メートル
       の爆風によって、自転車もろとも4メートル近く飛ばされ、道路に叩きつけられ
       ました。
       しばらくして起き上がってみると、左の手は腕から手の先までボロ布を下げた
       ように皮膚が垂れ下がっていました。背中に手をやってみるとヌルヌルと焼けた
       だれれ、手に黒い物がベットリついてきました。
       夜中に雨がシトシト降り、木の葉から落ちるしずくをしゃぶって、一夜を過ごし
       ました。夜が明けてみると、私の周りはみんな死んで、生きている人は見当たり
       ませんでした。そこで二晩過ごし、三日目の朝、救護隊の人達に救助され、27
       キロ離れた隣の市に送られました。病院は満員で収容できず、小学校に収容され
       ました。
       それから三日後(被爆して6日目)傷から血がしたたり出るようになり、それと
       ともに痛みがジワジワと襲ってきました。一か月以上、治療らしき治療はなく、
       新聞紙を燃やした灰を油に混ぜて塗るだけでした。9月になって、爆風で窓が
       吹き飛ばされたままの長崎市内の小学校で、大学病院が治療をしているとのことで
       送られました。
       そこで初めて医学的な治療を受けました。まず輸血でした。でも、私の血管に
       輸血の血の血液が入っていかないのです。内臓が侵されていたのでしょう。
       貧血が激しくて、焼けた肉が腐り始めました。腐った物がドブドブと、体内から
       流れ出る汚物を溜めては、一日に何回も捨てなければなりませんでした。
       その当時、火傷や怪我をした被爆者の身体に、蛆虫(うじむし)が湧いて、
       傷の肉を食べていました。私には一年過ぎてから、蛆虫が湧きました。

               (中略)

       「平和」がよみがえって、半世紀が過ぎました。昨今の世相を見れば、過去の
       苦しみなど忘れ去られつつあります。だが、私はその忘却を恐れます。
       忘却が新しい原爆肯定へと流れていくことを恐れます。

       私はモルモットではありません。もちろん、見世物でもありません。

       でも、私の姿を見てしまったあなたたちは、いまなお、私たち被爆者の
       全身には、原爆の呪うべき爪跡があります。

       私は、じっと見つめるあなたの目の厳しさ、温かさを信じたい。
       核兵器と人類は共存できない。
       私が歩んできたような苦しみは、もう私たちでけで沢山です。
       世界の人類は平和に豊かに生きてほしいのです。
       そのために、皆で最大の力を出し合って、核兵器のない世界をつくりましょう。
       人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも
       核兵器を残してはなりません。

       私は核兵器が、この世からなくなるのを、見届けなければ安心して
       死んでいけません。

       長崎を最後の被爆地とするため。

       私を最後の被爆者とするため。

       核兵器廃絶の声を全世界に。


     ------------------------------------
      今日8月9日は長崎原爆記念日です。平和式典で「平和の鐘」が
      核廃絶の願いを込めて、全世界に鳴り響きわたります。
      この谷口さんの叫びを、
      この平和への「たましいの叫び」を皆さんも受け止めてください。

      この「核廃絶を願って」のキャンペーンは、この谷口さんの証言の
      (中略)以降の言葉がすべてを語ってくれています。
      誰が訴えるよりも被爆者の生の叫びほど人々のこころに届くものは
      ないと考え、キャンペーンの最後にしました。
      ここまで続けてきて、多くの方たちから転載などをいただき感謝
      しております。
      これをご覧の皆様もネットだけでなく、行動を起こしてください。
      いろんな市民活動があると思います。
      そして、原爆の悲惨さを語り継いで頂ければ幸いです。
      8月15日の終戦記念日にもう一度、更新をします。
      その後、この車庫は残し時々ですが平和について語っていきます。
      皆さん、ありがとうございました。

      ノーモア・ヒロシマ
      ノーモア・ナガサキ
      ノーモア・ワー

      *そして「平和のリンク」をしていただくために
                心ある方は転載、トラバをお願いいたします*


                         管理人  吉祥天    
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【転載】「核廃絶を願って⑥~8月6日の今日、原爆は人間の頭上に・・・・・」

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              「原爆は人間の頭上に」

             目もくらむ光でした。

             目の前の何もかもが

             真っ白になりました。

             月のかさに似た光の輪が

             キラキラ光って

             周辺に虹のようにひろがった。

             次の瞬間

             焔の大火柱が立ち昇り

             空中火山の大爆発とでも言おうか

             何と表現していいのかわからない光景だった。


      火球は、爆発点で圧力数十万気圧、セ氏数百万度、急速に膨張し一秒後に
      半径230メートルに達する。強烈な衝撃波を発し約十秒間輝き続けた。
      原子爆弾は、広島を一瞬に壊滅させ人間そのものを破壊したのである。


                          写真提供:平和博物館を創る会



      ------------------------------------

       <広島原爆忌・鎮魂歌>

              ■あの朝もじりじり照りし「ヒロシマ」を

                             風化させるな実相語れ


              ■ちちかえせ こどもかえせ ははかえせ
      
                             壮絶な詩にわれ涙する

              ■閃光が一瞬のうちに舗道へと

                             焼きつけられし命の影よ

                         (2006.8.6  吉祥天)

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        2006年8月6日の今日、61年目の「広島原爆忌」です。
        あの痛ましく壮絶な原子爆弾が世界で初めて広島に落とされました。
        61年を経ても、いまもなお原爆症に苦しむ人たちがいます。
        そして、今日の式典でも今年亡くなられた方の名簿が収められることでしょう。

        61年を経て広島の街は復興しましたが、その傷跡はいまなお残っています。
        しかし、年月を経てこの惨事を知らない日本人が増えています。
        さらに、現在でもレバノン空爆で、広島のように罪もない子供や市民が
        いのちを落とす悲しい惨事が繰り広げられています。

        わたしたちの地球に、戦火の炎が消えたことはありません。
        わたしたちの地球から、戦争という愚かな行為をなくしましょう。

        世界唯一の被爆国である日本こそ、世界へ向けて平和を訴えましょう。
        核兵器の廃絶をアピールしましょう。


        *平和を祈り続けるためにも転載&トラバをお願いします。
                「平和のリンク」を拡げていただければ幸いです。*


                            管理人  吉祥天

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