今日は5月1日。労働者の祭典第77回メーデーでしたね。
残念ながら仕事で参加できませんでしたが、宮崎県でも「第77回宮崎県中央メーデー」集会とデモ行進が行われました。
ファッショ小泉政権のもとで、障害者・要介護者・高齢者などに対する社会保障制度の切り捨て、国民負担の大幅増加、憲法9条改悪の策動、米軍基地再編問題・日本の費用負担3兆円、医療大改悪などが進められています。こんな状況のもとで行われたメーデーです。提供頂いた写真からはファッショ小泉の悪政に対する参加者の怒りが表れていました。
5月1日に開催されなかったり、メーデーがだんだん形骸化されて行く中で、若い人たちにはメーデーの由来を知らない人も多いのでしょうね。
ちなみにウィキペディア・フリー百科事典によるとメーデーの由来は次のとおりですよ。
労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟)が、シカゴを中心に8時間労働制を要求するデモンストレーションを行ったのが起源。
1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれた。
1889年に第二インターナショナル創立大会で1890年5月1日を8時間労働実現のためのデモを行うことが決議された。当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行され、以後も労働者の権利を主張する運動として定着した。
日本では、1920年5月2日日曜日に第1回のメーデーが上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、およそ1万人の労働者が「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴えた。翌年からは5月1日となり、開催地や参加人数も増えていった。だが、1936年から1945年までの10年間は戦時下などの理由で、また、太平洋戦争激化などの理由で開催されなかった。敗戦直後の1946年の大会では、「働けるだけ喰わせろ」をスローガンに掲げ、11年ぶりに盛大に開かれた(飯米獲得人民大会 “食糧メーデー”の別名でも)。


