吾輩は猫である

地球温暖化が進んでいます。宇宙船地球号は持続できるのでしょうか。日本の平和憲法も危機にさらされています。地球温暖化防止、守ろう憲法9条・生かそう憲法25条を訴えます。

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2006年は地球温暖化防止・京都議定書本格稼働の年です

 2005年は、地球温暖化防止の国際的な取り組みにとって画期となりました。ロシアの批准によって2月に京都議定書が発効し、12月のモントリオール会議(気候変動枠組み条約締約国会議・京都議定書締約国会議)では、運用ルールが正式に採択されました。京都議定書はいよいよ2006年から本格稼働を始めました。

 モントリオール会議では「ブッシュ政権の『マジノ線』(難攻不落の防御線)の妨害が崩壊し始めるのを誰もが目にした」~米国のシンクタンク・世界資源研究所のジョナサン・ラッシュ会長の指摘です。

 京都議定書に加わる諸国は、温室効果ガスの削減目標を定めるなど議定書の枠組みを2013年以降も継続させることを前提に次期約束期間との間に空白を生まないように結論を出すことを決定しました。中国やインドなどの発展途上国は、途上国も含めた次期以降の枠組みについて議論を開始することに合意しました。これに対し、完全な孤立をさけたいアメリカも、話し合いの大枠にとどまり、京都議定書以降の温暖化防止対策をめぐる「対話」に加わることに合意しました。

 先進国に温室効果ガスの削減を義務づける京都議定書が採択されたのは、1997年の京都会議(COP3)。発効まで7年を要したことになります。
 
 この間の最大の問題は、2001年に当選したブッシュ大統領・政権が一方的に離脱したことです。議定書は危機に瀕しました。発効用件は55カ国以上の批准、そして批准した先進国の1990年次時の排出量の合計が世界全体の55%を超えていることでした。アメリカは世界最大の排出国だけに、離脱表明は世界に衝撃を与えました。

 しかし、地球温暖化防止に向けて国際社会では粘り強い交渉が進められてきました。これを後押ししたのは、環境NGOを先頭にした市民運動でした。
 2001年のボン会議(COP6再開会合)で、各国政府は、京都議定書の運用ルールの枠組みを決める政治的合意(ボン合意)に達し、京都議定書は息を吹き返しました。その後、各国が批准に動き出す中で、2002年1月のモロッコ・マラケシュ会議(COP7)では、運用ルールについて合意しました。(、アラケシュ合意)

 京都議定書発効の決め手を握っていたのがロシアでした。世界の排出量の17%を占めたロシアは、ブッシュ政権の離脱で京都議定書への消極的姿勢を示しましたが、2004年10月ついに批准したのです。これを受けて2005年2月京都議定書は発効しました。

 世界資源研究所のジョナサン・ラッシュ会長は、2005年12月ワシントン市内で講演し、「米国や温暖化問題に懐疑的な国がますます孤立し、ブッシュ政権は国内政策でも牽引力を失い、温暖化対策で地球規模の協議で置き去りにされる」と、2006年を展望しました。

 京都議定書を第一歩として温暖化対策に取り組んでいくよう求め続けた国際NGOからは、議定書つぶしをねらった米国の離脱は「完全に政治的な誤算だった」との声が上がっています。
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テーマ:それでいいのか日本国民 - ジャンル:政治・経済

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