吾輩は猫である

地球温暖化が進んでいます。宇宙船地球号は持続できるのでしょうか。日本の平和憲法も危機にさらされています。地球温暖化防止、守ろう憲法9条・生かそう憲法25条を訴えます。

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賢治の修羅のこころ

 「修羅」とは、人間が自ら重ねた業によっておもむく六つの世界・六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天)の一つで人間と畜生の間にある世界。

 宮沢賢治は、盛岡高等農林を卒業してから、農学校の教師の職を得るまでに長い苦悩の4年間がありました。
 信仰上の問題で父親との激しい確執、家業(質屋)への反発、したい仕事がみつからない自己嫌悪、家出上京、賢治の熱心な布教に反発した友との決別、激しい苦悩の4年間だったといわれます。

 「春と修羅」という詩の中に、「おれはひとりの修羅なのだ」という言葉を2回繰り返しています。怒りや欲や愚かさをいっぱい持った修羅である人間が、人間らしく生きられる世界へ、歯ぎしりしながら昇っていく、賢治はそこに人間そのもの姿を見、自分の生き方をそこに重ね合わせたのだ、と解説されています。

 「おれはひとりの修羅なのだ」という賢治の叫びは、人間は完全な人間なんていないんだ、「まことのことば」を求め、「つばきし、はぎしりゆききする」苦悩、求道も必要なんだということを私たちに伝言しているように思うのです。


 春と修羅

心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の濕地
いちめんのいちめんの諂曲〔てんごく〕模様
(正午の管楽〔くわんがく〕よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾〔つばき〕し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
碎ける雲の眼路〔めじ〕をかぎり
 れいらうの天の海には
  聖玻璃〔せいはり〕の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN春のいちれつ
    くろぐろと光素〔エーテル〕を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげらふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
   修羅は樹林に交響し
    陥りくらむ天の椀から
    黒い木の群落が延び
      その枝はかなしくしげり
     すべて二重の風景を
    喪神の森の梢から
   ひらめいてとびたつからす
   (気層いよいよすみわたり
    ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSENしづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずえまたひかり
ZYPRESSENいよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ

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テーマ:思うこと - ジャンル:小説・文学

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