吾輩は猫である

地球温暖化が進んでいます。宇宙船地球号は持続できるのでしょうか。日本の平和憲法も危機にさらされています。地球温暖化防止、守ろう憲法9条・生かそう憲法25条を訴えます。

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野の人・賢治~農業・農民への感謝~

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 宮沢賢治は、教師を辞め「ほんとうの百姓」・地人になるために「羅須地人協会」をつくり、青年たちと農業をはじめました。地上での「ほんとうの幸い」追求でもあったのでしょうか。
 
 次の詩は、羅須地人協会時代に東京にでかけていて、いよいよ岩手に帰ってきた時の喜びを書いた詩だそうです。(1928年6月末の作品)「澱った光の澱の底」(たまった光のおりの底)とは東京のことだそうです。賢治は東京の人たちの印象を「丸善階上喫茶室小景」に書いていますが、東京の人は労働を嫌忌する人が多いと思ったのでしょうか。
 いま「ヒルズ族」という言葉が生まれています。楽天の三木谷氏やライブドアの堀江氏、村上ファンドの村上氏などに代表される人たちでしょうか。賢治が生きていたら、おそらくはこういう人たちは好きではないと思います。

 賢治は農民たちに頼まれ、水や水草を調べ田んぼの土をなめながら、肥料設計を2000枚書いたそうです。そして稲のできを心配し、28年7月から8月にかけて日照りの中であっちこっちの田んぼを回りました。そして8月10日疲労の末ついに倒れてしまうのです。

 この詩は賢治の岩手・花巻への思いと、農業・農民への賛歌、そして労働することの大事さを私たちに伝えているように思います。  


         澱った光の澱の底
 

   澱った光の澱の底

   夜ひるのあの騒音のなかから

   わたくしはいますきとほってうすらつめたく

   シトリンの天と浅黄の山と

   青々つづく稲の氈

   わが岩手県へ帰って来た

   こゝではいつも

   電燈がみな黄いろなダリヤの花に咲き

   雀は泳ぐやうにしてその灯のしたにひるがへるし

   麦もざくざく黄いろにみのり

   雲がしづかな虹彩をつくって

   山脈の上にわたってゐる

   これがわたくしのシャツであり

   これらがわたくしのたべたものである

   眠りのたらぬこの二週間

   瘠せて青ざめて眼ばかりひかって帰って来たが

   さああしたからわたくしは

   あの古い麦わらの帽子をかぶり

   黄いろな木綿の寛衣をつけて

   南は二子の沖積地から

   飯豊 太田 湯口 宮の目

   湯本と好地 八幡 矢沢とまはって行かう

   ぬるんでコロイダルな稲田の水に手をあらひ

   しかもつめたい秋の分子をふくんだ風に

   稲葉といっしょに夕方の汗を吹かせながら

   みんなのところをつぎつぎあしたはまはって行かう

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