吾輩は猫である

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クリニック看護師奮闘記~在宅での看取り

 以下は、症例発表された私どもクリニック看護師の奮闘記録である。
 いつも看護師の仕事に光をあてたいと考えている。ブログ訪問者に看護師の仕事への理解が広まれば幸いである。

   「在宅ホスピスケアを通して学んだこと」

はじめに
 在宅ホスピスケアが成立するためには、患者自身の「家で過ごしたい」という強い意志と、看取る家族の「家で看取りたい」と切望するという絶対的条件に加え、充実した介護力に24時間安心できる医療体制が整うことである、と言われている。
 
 今回、膵頭部ガンにより予後3ヶ月と告知を受けた女性患者の訪問診療の紹介を機に、在宅ホスピスケアに取り組んだ。在宅で24時間安心できる医療体制を整えることにより、在宅ホスピスケア開始当初、「ぎりぎりまで在宅で過ごさせてやりたいが、最期の看取りは病院でお願いしたい」という家族の思いに変化をもたらし、本人の「最後まで家で過ごしたい」という最終的な意思を実現することができた在宅ホスピスの事例を紹介する。

Ⅰ 患者紹介
   年齢:63才  性別:女性
   診断名:膵癌(ターミナル) 既往歴:パーキンソン病
   家族構成:夫と二人暮らし 夫は脳挫傷による後遺症あり
        子ども:女性 宮崎市内在住
             男性 福岡市在住(医師)
             男性 東京在住(会社員)
                いずれも既婚
   職業歴:主婦
   性格:温厚
   ADLの状況:ほぼ自立
   在宅ホスピスの期間:2003年6月~2004年8月

Ⅱ 看護の展開
1.看護上の問題点
  ①夫が妻が末期癌であることを受容(認識)できずにいる。
  ②キーパソンである娘が、在宅ホスピスに対して不安が大きい。

2.看護目標
  本人と家族の身体的・精神的苦痛を最小限にとどめ安心して納得で  きる在宅ホスピスを実践する。

3.看護計画(省略)

Ⅲ 看護の実践
1.夫の気持ちを傾聴しながら、夫への声かけを繰り返し行った。また、患者と夫を交え、カンファレンスを開催し、本人の思いや夫の思いを全体で確認する機会を作った。治療方針についても「他の方法があるのではないか。福岡に行けばよくなるのではないか」という訴えが続き、がんセンター入院時の主治医に文章での経過報告を行い現状の評価を行った。

(結果)退院当初は、患者の病状を受容できず、必要以上に患者に食事を促したりし、患者のいらだちの原因となったり、カンファレンス開催時には、「70才まで生かしたい」と望んでいるという言葉が聞かれていたが、複数の医師で病状説明を繰り返し行ったこと、患者が衰弱していく様子を目のあたりにし、「70才は無理だと分かった。本人が苦しまないように、本人の希望を出来るだけ叶えてあげたい」と、夫も妻の病状と予後を受容する言葉が伺えるようになった。

2.本人と家族を交えたカンファレンスを開催する中で、長女には訪問看護師の導入に伴い、24時間連絡体制があることを伝え、実際に訪問看護師が状況伺いを続けた。また、点滴更新の確認やトラブル時の対応についても細かく長女と打合せを行った。発熱や痛みの増強は、介護者である長女に大きな介護の負担がかからないように母体病院の協力を得て、入院加療を行った。

(結果)「自宅では不安だ」と退院当初はなしていた長女であったが、在宅での療養を楽しむ患者の姿や言動を見て、24時間いつでも連絡がとれるシステムがあること、在宅が困難となれば受け入れる病院があるということが安心となり、「ぎりぎりまで自宅で頑張ってみようと思う」「本人の希望を大切にしてあげたい」と変化し、最期の看取りを行うまで在宅ホスピスケアを継続することができた。

Ⅳ 全体的な経過
 患者は告知を受け、身辺の整理を目的に退院した。次に入院するときは悪くなって臨終を迎える時であると覚悟の上での退院だった。しかし、告知された時期を過ぎた頃より、本人から「いつまでこんな気持ちで生かされるのだろう、もうお迎えにきてほしい」という言葉が頻回に聞かれるようになり、いらだちさえ伺えた。
 
 自分の死を受容しようとする患者に対して、夫は「食べれば良くなるから食べろ」と食事を促したり、「福岡の病院に行けばもっと違う治療があるかもしれない」と妻の病状を受容できない状態であった。受容できない夫を一人残して逝くことの心残りが、いらだちとして患者に表れていた。

 時間が経過するにつれ、二人で得た土地にアパートを建築し夫が管理をしていくという計画が持ち上がった。このとき患者は、「ああ、これで良かった。お父さんの仕事が見つかった」と自らの他界後、一番気がかりだった夫の役割を見出すことができ、安心したようだった。

 患者は、ご自分の最終期について「家だと娘に迷惑をかけてしまうから病院でいいわ」という言葉から、「苦しくなければ家で最後まで過ごさせてもらいたい。わがままを言わせてもらいたい」というように変化した。そんな本人の思いを叶えようと在宅ホスピスケア開始当初は、患者が在宅で過ごすことに不安を抱いていた夫や長女の思いに変化が現れ、「本人が望むのであれば自宅での看取りを叶えてあげよう」という言動が伺えるようになった。

Ⅴ 考察
 以上のような患者や夫、長女の気持ちの変化をもたらした理由として、①クリニックが自宅(療養場所)に近かったことや24時間の緊急連絡体制が訪問看護師の導入で確立されたこと、②本人が末期癌であることを知っており、今後、起こりうる症状に対しての対処方法(治療法)に対して、きちんと話し合い方向性を自ら選択できたこと、③症状のコントロールが自宅でも可能だったこと、④これまでしきりに入院をすすめていた息子が本人の思いを受け入れ、息子家族が帰郷し、介護の担い手に加わったこと、⑤病状悪化時いつでも入院できる協力病院があったという安心感などがあげられる。

 在宅ホスピスケアが成立するための患者・家族の要件として、患者・家族が在宅ケアを切望するという絶対的条件に、準絶対的条件が満たされることとされているが、今回の事例は、準絶対的条件を満たすことにより、最終的に患者・家族が、最終的に在宅ホスピスケアを切望し、在宅での看取りを可能とした。

 在宅ホスピスケアは、もちろん在宅死を目的としているわけではないが、24時間いつでも安心して本人及び家族を支える支援体制が整うことで、その人らしい生き方(望む生き方)を保障できることを確信した。

Ⅵ おわりに
 医療を受ける中では様々な選択があり、それを選択するとどのような経過を送り、また選択しないとどのような経過になるのか、また、今後、病状の変化があった時にどのようなサポートがあるのかなど、一つ一つ十分な説明が求められている。

 看護師は、病院内での看護だけでなく在宅に関する知識も持ち、幅広い知識で患者・家族の支援を行っていくことが必要だと実感した。

 ターミナルは、ペインコントロールが図れ、在宅環境がそろえば期間は延長することがあり、家族と共に思いで作りができ、その人らしい人生の幕引きができるのではないかということを患者から学ばせていただいた。
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テーマ:それでいいのか日本国民 - ジャンル:政治・経済

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