吾輩は猫である

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ひとりはみんなのために みんなはひとりのために

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 次の文章は、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」から「序論」と「農民芸術の興隆」です。

 賢治は、1926年1月から3月まで岩手国民高等学校で11回にわたって農民芸術論を講義しました。「農民芸術概論綱要」は、そのときの講義レジュメと言われているものです。

 「農民芸術概論綱要」は、自らの決意も込めて「おれたちはみな農民である」と宣言し、「もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい」。そのためには「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」と述べています。なんともすごい気迫ではありませんか。
 そして賢治は、講義を終えた4月に講義を自ら実践するために、独居の自炊生活に入り、そこに集まってきたきた教え子や青年たちと「羅須地人協会」を設立しました。

 「ひとりはみんなのために みんなはひとりのために」この言葉は、私たち生活協同組合に関わる者の理念・合い言葉ともいえるものですが、賢治がいう「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、私たちに「ひとりはみんなのために みんなはひとりのために」の本質を伝言しているように思います。


         農民芸術概論綱要
序論
……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

 おれたちはみな農民である ずゐぶん忙しく仕事もつらい
 もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
 われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
 近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直感の一致に於いて論じたい
 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
 自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
 この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
 新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
 われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

農民芸術の興隆
……何故われらの芸術がいま起こらねばならないか……

 曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
 そこには芸術も宗教もあった
 いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
 宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
 芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した
 いま宗教家芸術家とは真善若しくは美を独占し販るものである
 われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ
 いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
 ここにはわれら不断の潔い楽しい創造がある
 都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ


11月21日の朝日新聞「時流 自論」に、中国人の王敏(ワン・ミン)さんの次ような「自論」が掲載されていました。本当に同感した「自論」でしたので一部ですが引用させていただきました。

 私の「日中異文化研究」の出発点は、宮沢賢治との出会いだった。
 あれは1979年、晩秋の雨の日だった。重慶の四川外国語学院の大学院・日本研究クラスの授業中、私は一つの詩に感動を抑えられなかった。詩は慈雨のように心に染み入ってきた。
 雨ニモマケズ
 風ニモマケズ
 …………………………………………
 イツモシズカニワラッテヰル
 その一行で私は「諦観の境地」というものを知った。自然体の素朴は美しい。自己昇華の美意識というものに圧倒された。戦争の記憶にもとづいた「鬼のような」日本人像ではない日本人を発見したといってもいい。
 …………………………………………
 今日、日本と中国の間はぎくしゃくしてしれいる。相互にナショナリズムの興隆が不安視されていて、不信感が増幅している。そんな状況だからこそ、冷静な思考が求められている。個々人がしっかりしなければ、半世紀前の過ちの繰り返しを防ぐことができないかもしれない。
 賢治の「農民芸術概論綱要」にある言葉は、今日も生き続けていると思う。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」。それは人々が相互に因果関係の存在であることを表している。国家や民族を超えた発信である。
 …………………………………………
 没後72年。賢治は時空を超えて現代に語りかけてくる。
 残念ながら、中国ではまだ賢治の作品はそれほど知られていない。しかし、最近の日本人も、賢治が描いてきた「素朴の美」や「世界全体の幸福」といったことを忘れかけていると思えてならない。
 苦悩を避けずに探求し続けた生活は、「求道すでに道である」(農民芸術概論綱要・序論)。賢治の道は、どの国においても、どの民族にとっても、どの時代、どの文化にも通じるものと私は信じる

     王 敏(ワン・ミン)54年中国河北省生 82年国費留学生として来日。法政大学教授。

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