吾輩は猫である

地球温暖化が進んでいます。宇宙船地球号は持続できるのでしょうか。日本の平和憲法も危機にさらされています。地球温暖化防止、守ろう憲法9条・生かそう憲法25条を訴えます。

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人はこの大自然の一部である

劇作家であり演出家であり女優の渡辺えり子さんのすてきな手記を読み、これこそ宮沢賢治の思想の継承と思いましたので紹介します。

 賢次の作品には童話でも詩でも「風」たくさん出てきます。その代表が「風の又三郎」でしょうか。
 渡辺えり子さんは、「風は人の生まれるよりもずっと以前、気の遠くなるほどの昔から吹いている。そして風は、熱さ寒さを攪拌(かくはん)し、地球がつねに生物が住める位に丁度いい温度に保つ役割をしてくれ、花粉を運び、命が生まれる手助けをしてくれているのである。人類が生まれてから今日までを見守り続けながら吹いている風は、連綿と生き死にを繰り返してきた人々の記憶を運んでくれているようにも思えてくる。」と語っています。「人はこの大自然の中の一部である。」とも語っています。まさに、賢次の思想に通じるものだと思いました。

 そして賢次は、農民芸術の必要性を説き、羅須地人協会に集まった教え子や青年達と演劇や音楽なども追究しました。その基本になる考え方が「農民芸術概論綱要」なのですが、渡辺えり子さんの演劇に対する考え方も賢次の思想に通じるものだと思いました。


            風に託した大切なもの 渡辺えり子

 先月終わったばかりの劇団宇宙堂の新作公演「風回廊」はこの地球全体を風の回廊にみたてた作品だった。風は人の生まれるよりもずっと以前、気の遠くなるほどの昔から吹いている。そして風は、熱さ寒さを攪拌(かくはん)し、地球がつねに生物が住める位に丁度いい温度に保つ役割をしてくれ、花粉を運び、命が生まれる手助けをしてくれているのである。人類が生まれてから今日までを見守り続けながら吹いている風は、連綿と生き死にを繰り返してきた人々の記憶を運んでくれているようにも思えてくる。
 死に続けてきた人々の記憶が風によって運ばれ、現実を生き抜くために古里を忘れ、自分の過去の生活を忘れていあた人たちがたいせつなものを思い出していくというストーリーになっている。

 今 日本は、勝つための道から逸(そ)れたものは敗者に過ぎないような偏った思い込みに支配され、勝つためには正義も義理人情も思いやりも必要ないといった風潮になっているようで怖い気がする。お隣さんと助け合って、小さい共同体の中で持ちつ持たれつやっていた昔が、私は懐かしいし、面白かった。ひとそれぞれが考え方が違い、幸せの価値観も人によって違うことを、あの頃の方が分かっていたように思えるのである。
 戦争は二度と繰り返したくないし、地方の住民が都会のひとたちの犠牲になるのも、もうごめんであと思っている。今までの歴史を見ても、有事の際にいつも犠牲になるのは弱者たちで、貧しい
者、辺境の者、子供や老人たちなのである。これから、地方はどうなるのか?
 農業はどうなっているのか?大都会の勝ち組中心の社会になってしまうのは嫌である。田舎の風を送り込んで、精神の豊かな、人と人とが助け合い、お互いの痛みを思いやれるような心にゆとりのある社会を作り出していきたいものだと思う祈りを込めた作品にしたつもりでいる。

 人はこの大自然の中の一部である。都会に住んでいるとそのことを忘れがちだ。風の通り道をふさいでしまえば、様々なものは腐り、生き物の思考も停止してしまう。温暖化も異常気象も人類の傲慢さが生んだ産物のように思えてくる。日本人の一番懐かしい風景は里山だという。その懐かしい古里とともに甦(よみがえ)る暖かい人々の情愛をいつまでもたいせつにしたい。演劇はそんな思いも理屈ではなく、言葉と音楽と踊り、そして役者たちの生の呼吸で観客の感性に響かせる希有な芸術であり、娯楽であると思っている。
              わたなべ えりこ・劇作家・演出家・女優=山形県出身。
              20年間主宰した「劇団3○○(さんじゅうまる)」を解散後、01年、              演劇の枠にとらわれない自由な表現をもとめて「劇団宇宙堂」を旗揚げ。



 「農民芸術概論綱要」から「農民芸術の綜合」と「結論」も紹介しておきたいと思います。

農民芸術の綜合
……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての
田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術を創り
あげようではないか……

 まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
 しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる
 ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である
 青い松並 萱の花 古いみちのくの断片を保て
 「つめくさ灯油ともす宵のひろば たがひのラルゴをうたひかはし
 雲をもどよもし夜風にわすれて とりいれまぢかに歳よ熟れぬ」
 詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画
 われらに理解ある観衆があり われらにひとりの恋人がある
 巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす
 おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであらう

結論
……われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である……

 われらの前途は輝きながら険峻である
 険峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さを加へる
 詩人は苦痛をも享楽する
 永久の未完成これ完成である

 理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる
 畢竟ここには宮沢賢治一九二六年のその考があるのみである
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テーマ:思うこと - ジャンル:小説・文学

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