吾輩は猫である

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水仙月の四日~生命いとおしむ賢治のこころ~

 日本列島を大寒波がおそっています。
 賢治さんのふるさと岩手・花巻あたりも大雪なんでしょうか。こんな季節にあわせて、雪の中を家にいぞぐ「赤い毛布にくるまった子ども」と「雪婆んご(雪ばんご)」と「雪童子(ゆきわらす)」と「雪狼(ゆきおいの)」の生命いとおしむ、宮沢賢治の「水仙月の四日」という童話を紹介したいと思います。

              ☆☆水仙月の四日本文はこちらで読めます☆☆

 猫のような耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけていました。
 雪は止み晴れ上がった中、ひとりの子供が、赤い毛布にくるまって、しきりにカリメラ(カルメ焼きのこと)のことを考えながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾を、せかせかうちの方へ急いでいました。
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 でも、その日このあたりはおそろしい雪婆んごが、雪童子や雪狼をかけまわらせて、猛吹雪をおこさせる「水仙月の四日」にあたっていたのです。(水仙月とは宮沢賢治のイマジネーションから生み出された月だそうですが、吹雪の季節に違いないと思います。)

 子どもが歩いている、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の上には「白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果(りんご)のようにかがやかした雪童子と雪狼があらわれていました。雪童子はすでに亡くなってしまった子どもの精霊なのでしょうか。雪童子も雪狼も人間の目には見えないのです。

 雪童子は眼を丘のふもとに落しました。その山裾の細い雪みちを、さっきの赤毛布を着た子供が、カルメ焼きのことを考えながら一生懸命に山のうちの方へ急いでいるのでした。「あいつは昨日、木炭のそりを押して行った。砂糖を買って、じぶんだけ帰ってきたな。」と雪童子はわらいながら、手にもっていたやどりぎの枝を、ぷいっとこどもになげつけました。枝はまるで弾丸のようにまっすぐに飛んで行って、子供の目の前に落ちました。子どもは、やどりぎの枝を拾って、また一生懸命にあるきだしました。

 しかし、そのうちに空はすっかり白くなり、風はまるで引き裂くよう、早くも乾いたこまかな雪がやって来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいっぱいです。雪だか雲だかもわからなくなってきました。
「ひゅう、なにをぐずぐずしているの。さあ降らすんだよ。降らすんだよ。ひゅうひゅうひゅう、ひゅひゅう、降らすんだよ、飛ばすんだよ、なにをぐずぐずしているの。こんなに急がしいのにさ。ひゅう、ひゅう、向うからさえわざと三人連れてきたじゃないか。さあ、降らすんだよ。ひゅう。」あやしい声がきこえてきました。雪童子はまるで電気にかかったように飛びたちました。雪婆んごがやってきたのです。

 そんなはげしい風や雪の声の間からすきとおるような泣声がちらっとまた聞えてきました。雪童子はまっすぐにそっちへかけて行きました。峠の雪の中に、赤い毛布をかぶったさっきの子が、風にかこまれて、もう足を雪から抜けなくなってよろよろ倒れ、雪に手をついて、起きあがろうとして泣いていたのです。
「毛布をかぶって、うつ向けになっておいで。毛布をかぶって、うつむけになっておいで。ひゅう。」
「うつむけに倒れておいで。ひゅう。動いちゃいけない。じきやむからけっとをかぶって倒れておいで。」雪童子は子どもの目には見えていませんが、子どもを守ろうと一生懸命です。

 雪婆んごがやってきました。「おや、おかしな子がいるね、そうそう、こっちへとっておしまい。水仙月の四日だもの、一人や二人とったっていいんだよ」。そうです、水仙月の四日は、一人や二人子どもをとってもいい日だったのです。

 そのうちに、こどもは力もつきて、もう起きあがろうとしませんでした。雪童子は笑いながら、手をのばして、赤い毛布を上からすっかりかけてやります。「そうして眠っておいで。布団をたくさんかけてあげるから。そうすれば凍えないんだよ。あしたの朝までカリメラの夢を見ておいで。」雪わらすは同じとこを何べんもかけて、雪をたくさんこどもの上にかぶせました。

 やがて水仙月の四日も明け、雪婆んごはもう一度、南から北へまっすぐに馳せながら、やがて東の方へかけて行きました。雪婆んごが連れてきた三人の雪童子も九疋の雪狼をつれて西の方へ帰って行きました。
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 やがて、ギラギラのお日さまが昇ってきました。今朝のお日様は青味がかって一そう立派です。日光は桃いろにいっぱいに流れました。雪童子は走って、昨日の子供の埋まっているとこへ行きました。
「さあ、ここらの雪をちらしておくれ。」雪狼どもは、たちまち後足で、そこらの雪をけたてました。風がそれをけむりのように飛ばしました。

 やがて、かんじきをはき毛皮を着た人が、村の方から急いでやってきます。「もういいよ。」は子供の赤い毛布のはじが、ちらっと雪から出たのをみて叫びました。「お父さんが来たよ。もう眼をおさまし。」雪わらすはうしろの丘にかけあがって一本の雪けむりをたてながら叫びました。子どもはちらっとうごいたようでした。そして毛皮の人は一生けん命走ってきました。

 雪童子は見事に水仙月の四日の猛吹雪から子どもを守ったのです。いま、子どもたちが犠牲者になるいたましい事件が続いています。生命をいとおしみ、子どもを守りとおす社会の実現が必要です。大人たちへの賢治からの伝言です。


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